ガイストスキャナー


エンゼルフィッシュ

前編 ウンディーネ


霧に巻かれた街。その石畳に忍び寄る影。白い波状を潜り抜けて泳ぐダイヤ型の陰影。スプライトに染まる街灯。たゆたう時間に映り込むのは、車輪に巻かれて消えた幾千の思考。

夜明け前には雨が止んだ。が、ジョン・マグナムが目覚めた時にはもう、街はすっぽりと霧に包まれていた。
「何も見えない」
彼は窓辺に寄ると、ガラスをそっと手でこすってみた。窓から見える景色はいつでも少し歪んで見えた。それは、ガラスの透過率のせいなのか、それともしょっちゅう霧や雨がぱらついているせいなのか彼には判断がつかなかった。ここでは時折、霧はすべてを覆い隠してしまう事があった。

「まるで白い煙の波みたいだ」
ジョンは思わず顔をガラスに近づけた。視界の効かない海を旅する水夫のように、彼はじっと目を凝らして見た。左舷から突如現れ、急速に接近して来る光の輪が見えた。それは霧の海に潜伏していた敵の潜水艇かもしれないし、未知なる巨大生物が放つ発光現象かもしれなかった。が、迎え撃つ準備は出来ている。彼は潜望鏡を覗き、魚雷発射装置に指を掛ける。波が透けて、僅かな緑が顔を覗かせる。
「今だ!」
狙いを付けてキーボードを叩く。
「やった! 撃沈だ」

シミュレーションは完璧だ。彼は満足して、東の空を見た。そこからうっすらと射し込んで来る朝日に照らされて、向かいの建物や、まだ灯りの消えていない外灯が透けてみえた。古い街並みに沿って生える蔦や苔も、今では彼の空想の一部となって海底を構成し、彼が立てる作戦の舞台になっていた。
道路を横切る人影があった。しかし、次の瞬間には誰もいない。また、建物の窓辺には様々な色の花が飾られていたが、そこで遊ぶのは蝶ばかりではなかった。風は間断なく過ぎていた。アメリカの病院で見た死神のような風もあった。イギリスには様々なおとぎ話や英雄や霊などが街の隅々に同居していた。

デスクの脇にはダイバーズウォッチが置かれていた。それは、2年前のクリスマスに父にもらった物だった。彼は時々、それを腕にはめてみるのだが、12才の少年の細い腕にはまだ大き過ぎた。彼はデスクの上のPCの電源を入れる。メールが4件届いていた。2件はゲーム関連。1件は広告。そして、残りの1件はデニスからだった。が、彼は件名と差出人名だけを確認すると、それを閉じて別のファイルを開いた。

彼は今、新しいプログラムを作成するのに夢中だった。19世紀、ナポレオン戦争下のイギリス海軍をモチーフにした戦略シミュレーションゲームだ。プレイヤーは、ネルソン率いる艦隊を指揮し、フランス・スペインの戦艦と闘う。フリーウェアのゲーム部門でのランキング上位を目指したものであり、綿密な調整をする必要があった。

ジョンはコンピュータの内外を問わず、闇の風を操れる能力者の独りだった。端末上のデータならば、どんな情報でも意識せずに読む事が出来た。故に、秘密文書にアクセスし、過失を犯す危険も高かった。現に彼が10才の時、軍事機密の戦闘機の機能をゲームに組み込み、配布した罪で拘束された事もあったのだ。その時関わった米国MGSのデニスは彼に忠告した。
――余計なトラブルを起こさないためにも、君は自分の能力についてもっと熟慮すべきだ
ジョンはデニスの忠告と提案を受け入れ、不注意に国家機密などにアクセスしないよう細心の注意を払った。だからこそ、あえて19世紀を舞台にしたゲームソフトを開発していたのだ。

「そうだ。今日は新しいプログラムを試してみよう」
それはネットの海を泳ぎ回るリアルな魚の形をしていた。
「ハロー! お魚のジョン」
青い魚はモニターの中を自由に泳ぎ回った。
「おまえは、ぼくの分身だよ」
幼い時から身体の弱かった彼は、そうする事で自分自身が世界中を飛び回っているように思えてうれしかった。
その時、ドアをノックする音が響いた。

「おはよう、ジョン。起きてる?」
「あ、おはよう、リンダ。起きてるよ」
彼が返事をしたのでドアが開いて彼女が入って来た。
「起きてるって、まだ着替えも済ませてないじゃない。顔は洗ったの?」
「えーと、まだだけど……。ねえ、見て! まるで本物みたいでしょう?」
そう言って新しいアイコンを動かす。
「何? この魚。エンゼルフィッシュ?」
「ネオンテトラだよ」
ジョンが笑う。

「よく出来ているけど……。ちょっとリアル過ぎじゃない? アイコンならもっとアニメーションっぽい方が可愛いのに……。本物の魚なら水槽でいくらでも見られるんだし……」
「でも、ネットの海なら世界を自由に動き回れるよ。水槽の中ではそこから出られないもの」
キーボードを叩きながらジョンが言う。
「ネットだってそこから出られる訳じゃないでしょ? モニターにだって四角い枠はあるんだし……」
「モニターの枠は越えられるんだよ」
ジョンが言った。
「理解出来ない」
リンダは軽く言うと、手早くクローゼットから彼の着替えを取り出した。

「さあ、コンピュータは終りにして、そろそろ着替えてね。エメリーがお冠よ。それに、今日は病院に行く日でしょう?」
エメリー・ガーラントは、この家の女執事で、二人の身の回りの世話をしていた。規律に拘り、融通の利かない彼女の事を、彼らは疎ましく思っていた。
「あーあ。せっかくいい気分だったのに、憂鬱な事思い出させてくれるね」
彼は長く伸びた黒髪を軽く指で払って言った。
「じゃ、わたしは先に行ってるからね」
リンダはそう言うと廊下に出て行った。

彼らがロンドンに来てから、既に2年の月日が過ぎようとしていた。二人は当初、イギリスに留学するのだとデニスから聞かされていた。が、真の目的は能力者であるジョンと彼を生かすために必要なリンダの存在を外部に漏らさないため、完全に隔離する事だった。彼らはロンドン郊外の静かな住宅に住み、限られた者達により、管理されていた。
二人はイギリスでは学校には通わず、専門の家庭教師による授業を受けていた。
それでも、幾つかの行事やクラブには参加する事が許された。散歩はジョンのリハビリのためにも大事な日課になっている。


「ねえ、今日は少し森を歩きたい」
病院の帰り、車に乗るとジョンが言った。リンダは黙って窓の外を見ていた。
「そうですね。まだ日も高いことですし、いいでしょう。ただし、5時までにはお帰りくださいね」
運転手のボビーが言った。
「ありがとう」
ジョンは喜んだが、リンダはあまり乗り気ではなさそうだった。
森は家から2キロ程先にある。そこからなら、ゆっくり散策しながら徒歩で家まで帰れる。天気が良い日には二人で散策するコースだ。

車から降りると、ジョンは思い切り深呼吸した。そして、車が完全に走り去るのを確認してから言った。
「あれ? どうしたの? せっかく口うるさい女執事の監視から免れたのに、うれしくないの?」
「別に。でも、今日はちょっとテニスコートの方を通ってもいいかしら?」
「構わないけど……。何かあるの?」
ジョンが興味津々に問う。
「その先に素敵なカフェを見つけたのよ。一度入ってみたかったから……」
「一人で? どうして? ぼくも行きたいよ」
ジョンは腕を伸ばして近くの枝に捕まると背伸びして彼女の瞳を覗き見た。リンダは彼より3つ年上で、彼よりずっと背も高かった。
「そういう気分の時もあるのよ」
リンダは不機嫌だった。頭上で鳴く鳥達の愛らしいハミングさえ、今は耳に入らないらしい。

「ぼくが君の血をもらったから?」
ジョンがすまなそうに訊いた。
「ちがう」
彼女は素っ気なく答えた。
「でも……」
ジョンは腕の絆創膏を気にしていた。もう2年もの間、彼はリンダから毎月血を分けてもらっている。そうしなければ、ジョンは生きて行けなかった。彼女の骨髄液を移植し、彼は命を取り留めた。しかし、それ以来、定期的に彼女の血を輸血しなければ、その命を繋ぎ止めて置く事が出来なくなってしまったのだ。
「僕、何だか吸血鬼みたいだね」

ここ一年、彼は見違えるくらい元気になった。体重も増え、体力も付いて来た。
「自分が生きるために他人の血を吸って生きる。犠牲者なしには生きられない闇の獣……」
木々の葉は濃い緑色をしていて、枝が頭上まで張っているため、道は少し陰っていた。
「だとしたら……犠牲者がわたし一人で間に合ってるってとこが唯一の救いかもね」
湿気った風のようにリンダが言った。
「君もやっぱりそう思ってたの? ぼくさえいなければ、君だってもっと自由になれたんだものね」
リンダは何も応えなかった。ジョンは幹の影だけを踏んで歩いた。
「ぼくね、本を読んだんだよ。ドラキュラとかカーミラとかいろいろ……。でも、彼らは誰も幸せにはなれなかった」
彼は独り言のように言う。
「……きっとぼくも……」
枝の間から射した光を避けるようにジョンが俯く。

「何故そう思うの?」
先を歩いていたリンダが足を止めて振り向く。
「だって、君を犠牲にしてしまった」
ジョンも静止して見上げる。そこは幹と幹との間が離れ、散策路に柔らかな日差しが降り注いだ。
「もしも、ぼくが生きるために一生、君の血が必要なのだとしたら……。その一生という時間はどれくらいの長さなのか知りたくて、ぼくは計算を始めるのだけど、いつも途中で挫折してしまうんだ。ぼくは生きたいって思うけど、ぼくが長生きすればするほど、君の血と時間を奪う事になる。それでも生きたいと願ってしまう。ぼくは傲慢な人間だ。こんなにも君の事、愛してるのに……。ごめんね。ぼくの事、恨んでる?」
そう言ってジョンは彼女を見つめた。

「別に……。わたしはただ、運命を呪ってるだけよ」
落ち葉を踏みしめて彼女は言った。
「でも、それってやっぱりぼくのせいなんだ。そうでしょう?」
歩き始めた彼女を追って、ジョンが言う。
「そんなの……」
一瞬だけ足を止めた彼女が目を閉じて言う。
「わかんない」
それからまた、真っ直ぐな道を歩き出す。リンダはもう振り返らなかった。
彼女はずっとジョンの傍にいた。家族からも離され、ただ彼を生かすためだけにそこにいなければならなかった。理不尽だと思う。しかし、自分の力ではどうにもならなかった。たとえ、彼女が空手のチャンプだったとしても、その力で権力まで覆す事は出来なかった。


間もなくボールを撃ち合う音が聞こえて来た。
「すみません。ボール取ってもらえますか?」
高い柵の向こうから金髪の若い男が声を掛けて来た。白いボールが彼らの足元に転がっていた。
「OK!」
リンダはそれを拾うと快活に柵の向こうへ投げた。
「サンキュー!」
その男は礼を言ってコートの方へ走って行った。
「エンゼルフィッシュだ」
ジョンが言った。男の手首に巻かれていたブレスレット。それはメタルで出来た美しい魚の形をしていた。

「わたしもテニスやりたいな」
リンダがぼそりと呟いた。
「やったらいいよ。ぼくに気をつかわないで」
「そういう意味じゃない。今だって空手の道場に通わせてもらってるんだもの。クラブに入るにはお金も掛かるし……」
「デニスに訊いてみたら?」
ジョンが屈託のない顔で言った。
「いいよ。何かわたしだけ贅沢してるみたいだもん。いろいろと趣味の物だって買ってもらってるし……」
「必要経費だってデニスが言ってたよ」
「必要経費ね。でも、そんな風に言われたら、ちっとも楽しくない」
「複雑なんだね」
ジョンは枯れ枝を拾って銃のように構えた。

「駄目よ! 捨てなさい! 手に傷が付いたらどうするの?」
慌てて枝を取り上げると遠くに投げた。
「大丈夫だよ。ぼく、もう出血傾向はないもの」
「それでも、駄目! 破傷風とか……感染症でも起こしたら……」
リンダは保護者のように振る舞った。
「エメリーみたい……」
ジョンは不満そうに言うと、森の奥へ駆けて行った。
「走っちゃ駄目! もしも転んで怪我でもしたら……」
そう言い掛けてリンダは足を止めた。
「もう、大丈夫なんだったわね」
そう呟く彼女の頭上を遥か羽ばたいていく黒い鳥を目で追った。


それから、彼らは森の散策路をゆっくりと歩いて花や鳥の囀りを楽しんだ。そして、リンダが言っていたカフェに到着した。それは小さなログハウスになっていて、雰囲気のいい店だった。
彼らは紅茶とバウムクーヘンを頼んだ。
「あれ? 熱帯魚がいる! 見てもいい?」
壁際に並べられた水槽には様々な熱帯魚が飼育されていた。
彼はしばらくそれを眺めていたが、ふと足元を見るとエンゼルフィッシュのメタルが落ちていた。
「これって、さっきの人のかなあ」
彼はそれを拾うとテーブルの方を見た。
そこにはその彼がいて、リンダと親しげに会話していた。

――今日はちょっとテニスコートの方を通ってもいいかしら?

彼は白いテニスウェアにウインドブレーカーを羽織っていた。そして、リンダは笑顔だった。
(そういう事だったの?)
少年は自分だけが除け者にされたような気がした。
(今日は病院に行ったから、ぼくが付いて来るとは思わなかったんだ)
いつもなら車で真っ直ぐ家に送ってもらい、夕方まで部屋で休養するのが普通だった。
(なのに、今日に限ってぼくが散歩するなんて言ったから……)

――その先に素敵なカフェを見つけたのよ。一度入ってみたかったから……

彼女はメニューも見ないで注文した。
(嘘つき!)
外では雨がぱらつき始めたらしく、入店して来た客の上着に小さな雨粒が光っていた。
「エンゼルフィッシュ」
彼は手にした魚のチャームをぎゅっと握り込んだ。

「あの、これ落ちてましたよ」
テーブルに戻ったジョンが手のひらを開いて見せると、その彼はああと言って笑った。爽やかな映画スターのような笑顔だった。
「ありがとう。いったいどこで落としたんだろうと思っていたんだ」
彼は本当に大事そうにそれを受け取ると手首にはめた。

「僕はエドウィン・アルマン。22才。そこのテニスクラブのコーチをしてる。実はこれ、僕にとってはとても大切な物なんだ。本当に感謝するよ」
彼は愛想良く言った。
「ぼくは、ジョン・マグナムです」
彼が挨拶するとエドウィンが言った。
「ああ。君の事は知ってる。リンダが話してくれたから……」
「そうなの?」
ジョンが彼女を見ると少し気まずそうに笑って言った。
「そう。さっき、偶然彼もここに来たのよ。それで、一緒にいたのは誰かって訊かれたから弟だって答えたわ」
「弟?」
少年は不満そうだったが、リンダは無視した。

「君も魚が好きなんだってね」
唐突にエドウィンが訊いた。
「あ、はい。出来れば、一度海に潜って本物を見てみたいと思っています」
「そう。妹と同じような事を言うんだね」
「妹?」
「ああ。半年前に亡くなってしまったのだけれど……」
男の背後には闇の風が吹きだまっていた。
(それで、あんな悲しそうな目……)
ジョンは納得したように頷く。
「このブレスレットは彼女の形見なんだ」
彼はそのブレスレットを大事そうにそっと指で撫でる。

店員がコーヒーを運んで来て彼の前に置いた。エドウィンは当然のように、そのままリンダの隣に座った。カップの中は黒い混沌とした液体で満たされていた。立ち上る湯気が細く靡いて天井近くの闇に消える。
「リンダの事、前から知ってたの?」
ジョンが訊いた。
「ああ。時々テニスコートの脇の道を通りかかるのを見てたからね」
(時々?)
ジョンは僅かに顔を顰めた。
(この人の後ろには何かいる)
人間のような獣のような、形のわからない闇が取り巻いている。

「君、もしかして見えるの?」
いきなり彼が尋ねた。ジョンはじっとその目を見つめて頷く。
「そうじゃないかと思ったんだ。実はね、僕には憑いてるんだよ」
「憑いてるって?」
リンダが尋ねた。
「多分、僕の妹。死んだって言っただろ? 実は殺されたんだ。未だに犯人が捕まっていなくてね。このブレスレットは彼女が作った物なんだよ」
「可哀想に……」
リンダは同情するように言った。

その時、再び店員がやって来てリンダとジョンの前に紅茶とケーキを置いて行った。少年はじっとテーブルの下に置いた自分の手のひらを見つめた。そこに在った筈のメタルの魚を……。しかし、白い手のひらには何もなかった。それはエドウィンが見ているものとも、リンダが見ているものとも違う。消えてしまった魚は、風に紛れて見えなくなった。カップから流れ出て空に届かないうちに消えてしまった水蒸気のように……。彼の胸に不快な湿り気だけを残して……。

「まだ、慣れなくてね。彼女がいなくなってしまった事に……。週末にはいつも、妹が好きだったここのケーキを買って帰るんだ」
コーヒーを飲み終えてもまだ、彼は語り続けた。
「時々、妹がやっていたブログの記事を読み返すんだけど、いたたまれないよ」
そう言うと彼は片手で顔面を覆い、片方の目から涙を流した。
「妹さんはエンゼルフィッシュが好きだったんですか?」
ジョンが訊いた。
「そう。他にもいろんな熱帯魚を飼っていた。みんな死んでしまったけどね」
「みんな?」
ジョンは意外な気がした。妹が大切にしていたのなら何故死なせてしまったのかと……。

「テニスの大会で一週間、家を空けなきゃならなかったんだ。それで、餌をいつもよりたくさん入れた。どうもそれがいけなかったらしいね。帰って来たら全滅していて……。あまりの事態に呆然としてしまったよ。だけど、もう取り返しがつかなかった。本当にかわいそうな事をしたと思っている」
「ネットで調べればよかったのに……」
ジョンが言った。が、エドウィンは笑って首を横に振った。

「僕は、そういうの苦手でね。どっちかというと体を動かす方が合ってるんだ。妹がやっていたブログには秘密の日記も書かれていて、今となっては形見のようなものだから、何が書いてあるのか見たいのだけれど、パスワードもわからないし、業者に開示請求したけれど、本人であるという証明が出来なければ駄目だと言うんだ。閉鎖することも出来ず、今も墓標のように残っている」
「妹さんのハンドルネームは何ですか? ブログのタイトルは? もしかしたら、ぼくにお手伝いが出来るかもしれません。教えてくれれば……」
「お手伝い?」
「ジョンはコンピュータが得意なのよ」
リンダが言った。

「そうなんだ。そいつは頼もしいな。ハンドルネームはウンディーネ。ブログのタイトルは『海と魚達の遠い呟き』」
エドウィンが言った。
「ぼく、協力出来ると思います。鍵の掛かったパスワードを解読すればいいのでしょう?」
「ありがとう。助かるよ。それで、解読するのにどれくらいかかる?」
「すぐですよ。ここにコンピュータさえあれば……」
「すぐ? そうか。でも、ここにはコンピュータがないからね」
残念そうにエドウィンが言う。
「ぼくの家にはあります。これから一緒に来ますか?」
「いや、残念だけど、まだ仕事が残ってるんだ。それに、ぼくはコンピュータは持っていないし、家には電話はあるけど、ほとんど帰らないからないのと同じだし、どうやって連絡を取ったらいいかな?」

「でも、ウイークデーは毎日クラブに来ているんですよね?」
紅茶のカップをソーサーに戻してリンダが訊いた。
「ああ」
エドウィンが頷く。
「じゃあ、解読出来たら、知らせに行きます」
「でも、悪いよ。わざわざ来てもらっては……」
「大丈夫。だってリンダは毎日そこ通るでしょう?」
ジョンが言った。
「そうね。わたしが取り次いでもいいわ」
「じゃあ、それで決まりだね」
そう言うとジョンは残っていたケーキを口にした。